宿題が不要だと思う理由①

コロナでの休校中の話ではなく、長期休みの話でもなく、普段の宿題について。

もと公立中学校教諭として思うことをかきます。(私立とか小学校は事情が違うかも。)

 

前回は、家でのすごし方は、自由(自己責任)にすべきという内容の記事をかきました。
(記事:学校の宿題は必要か~もと中学校教諭が考える、家での理想的なすごし方~

今回はその続きです。

 

ー ー ー ー ー

 

宿題が不要だと思う理由1つめは、「忙しすぎて、子どもに余裕がないこと」

 

今の子どもたちは、やることが多すぎます。

 

中学生の1日のスケジュールはこんな感じ。

7:00~8:00   朝練
8:00~16:00   授業など
16:00~18:30 部活動
19:00     帰宅

 

もちろん、季節や曜日などによって違うし、だいぶざっくりとしたスケジュールだけど。

曜日や人によっては、これに塾や習い事がプラスされる。

さらに、家で宿題なんて、嫌になっちゃうよね~。

 

さて、忙しくて子どもに余裕がなくなると、どうなるでしょうか。

 

 

① クリエイティブな時間がなくなる

 

授業がおわったら部活に行って、その後は帰宅。

「ごはんができた」と言われればごはんを食べ、習い事に行き、帰ってお風呂に入って、宿題をして寝る。

 

やることをこなして、1日がおわる。

ちょっとした空き時間なんて、テレビを見たり、友だちとLINEをしたりしてれば過ぎてしまう。

 

1日のなかに、余白がない。

 

うちの3歳の娘は、折ったおりがみを積み上げては崩れ、積み上げては崩れを繰りかえしてみたり、ストローを短く切りまくってひたすら数えたりなど、

一見、意味不明で意味のなさそうなことをしているけど、そういう時間ってすごく大切だと思う。

 

中学生はストローを切りまくって数え続けるなんてこと、さすがにしないとは思うけど、

考え事をしたり、ちょっとひらめいたことを試したり調べたりすることが、それに似ていると思う。

 

そんな時間が、その子の個性をのばしたり、こころの豊かさ、日々の満足感につながると思っている。

 

 

② 時間の使いかたを考える機会が減る

 

やることが決まっているということは、やることを与えられているような状況と似ている。

 

大学生になって、自分の時間を自分の好きなようにつかえるようになったときに、どうするんだろう?

社会人になって、自分の責任で自分の時間をつかうようになったら、どうするんだろう?

 

親や先生がちかくにいるときから、自分の時間の使いかたを自分で考え、試行錯誤するべき。

まあこれは、ちょっと話が具体的じゃないかな。でもまあ、そんなふうに思う。

 

 

さて、次回も宿題について書きます。

テーマは「宿題が不要だと思う理由② ~そもそも宿題って誰のため?~」の予定。

タイトルとURLをコピーしました