【読書記録】まあまあふうふう(八千草薫さん)

八千草薫さんのまあまあふうふうを読んだ。

本屋に入って、一番始めに目についた本。

 

八千草薫さんという女優さんがどんな人か実はよくわからないけど、ふんわりした上品な微笑みが印象的で、本を目にしたら気になって思わず手に取ってしまった。

自分と世代も生き方も全く違う人、今までどんな人かな?とも思ったことのなかった人の本をふと手に取って、ココロ動かされる感じがすき。きっとこの感覚がたくさんつまっているから、本屋という場所が好きなんだと思う。

 

私は映画も本も、見終わってしまうと内容を忘れてしまうので(病気かなと思うくらいに忘れる)忘れないうちに備忘録

まずは八千草薫さんの人柄。ふんわりした上品な微笑みが印象的、とさっき表現したけど、文章からもそれが伝わってきた。亡くなったご主人への愛情や尊敬の気持ちが嫌味なくストレートに感じられた。

愛情や尊敬の気持ちって人に伝えるの難しい(私が言うとすぐ「のろけ?」って言われちゃう。のろけなんだけど。のろけっぽくしないと人に言いにくい感じもある。)し、そもそも人に言うことなの?って思ってしまって言えない。

それをさらっと、そして心に残るように表現できるって素敵だな。なんだか、私の祖母が、亡くなった祖父への愛情をかわいらしく話してたのが思い出されてクスッときた。私も好きな人への気持ちをこんな風に言える人になりたいな。

 

それから、本当に好きなものに囲まれて生活するということ。

アクセサリーは思いでのつまったお気に入り数点を使い、自然や動物が好きだからと、動物の置物がたくさん。

 

私はどちらかというと管理が面倒だからモノは少ない方がいいと思っているけど、こういう好きなものに囲まれて生活するのにも憧れる。私が管理が面倒だからっていうのは、日々の生活に余裕がないからそう感じてしまうのかな。

八千草薫さんは山の家から始発電車にのって都内の撮影所に通った、と書いてあったけど、どうしてそんなことが出来たのだろう。

山や自然が好きだから?好きなものに囲まれていたから?心に余裕があったから? …そんなことを考えてしまうこと自体、自分がちっぽけに感じられる。

○○だから△△が出来るという考え方は○○じゃないから△△が出来ないという言い訳になりそうで、ちょっと恐ろしくなった。

好きなものは好き、こうしたいからこうする!と胸はって言える(行動できる)人になりたい。

 

あとは、山の家は増築されていることが気になった。完璧を求めなくていいんだな、狭いと感じたら広くしたりして、そのときどきで居心地よくなるように変化させることも大事よね、と確認。

変化するにはエネルギーもお金も必要だし、情報が溢れていて完璧を求めがちなだけど、何が最適かなんて、やってみないとわからないしそもそも最適な状態が続くわけでもないもんな。…うーん、「最適」という言葉にも違和感を感じる。

 

合理性を求めたがる私の頭にはとても刺激になる本でした。ここ数年の自分の思考傾向や生活への考え方がファストフードなぬ、ファストシンキング、ファストライフに感じられた。

 

もっとあたたかみのある生き方をしたい。

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